「ベイビィフェイスにとって大切なのは、1に母親、2に相性、3,4はキスで5に教育だ。分かる?」
いつだったか、唐突にメローネにそう言われたことがある。
私はそのときベイビィ・フェイスの親機を弄る彼の目の前の席で本を読んでいたのだけれど、いきなり良い放たれたその言葉に何と返して良いものか分からず、ただふーん、と相槌を打つしかなかった。
「…あのさ、オレの話聞いてる?」
そのとき私たちが居たのはどこかの街中のレストランで(街の名前は忘れた、メローネにバイクで連れてって貰ったのでそこがどこかよく分からなかった)、そして私たちは任務中だった。私はメローネとコンビを組んでターゲットの血液をこっそり採取してくるのが仕事だったんだけど、無事成功してあとはただメローネがベイビィ・フェイスで仕留めれば良いだけの状態になっていて、そのときの私は物凄く暇だったのを覚えている。
「聞いてるけど、なんてコメントしていいのか分からなくて。アンタこそ、突然何?」
メローネはハッ、と馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、小さい子供にものを言い聞かせるみたいに馬鹿丁寧な口調で、マスク越しに私の顔を見つめた。
「いいか?オレのスタンドには教養、つまり知識が必要なわけ。知性を問われるわけ。ここまで分かる?」
「うん」
「だから、そろそろその本返してくんない?」
「えっ!?お金貯めてやっと買ったこの官能小説を…!?」
「いや、そっちじゃなくて。色々つっこみどころ満載だけど違う方、今アンタがテーブルの上に広げてるやつ」
冗談よ、と私はふてくされながらテーブルに目線を下げた。そこには様々な動物やら乗り物やら遊具やらが描かれた【教本】が置いてある。
「オレこれから使うんだよ、それ。返して貰わなきゃ困るんだな」
メローネお気に入りの【教本】、彼はいつもこれを使ってベイビィ・フェイスの息子の教育をする。だいぶ使い込まれているはずなのに新品同様に見えるその小奇麗な本の内容はかなり過激なのだけれど、見始めるとこれがなかなか面白い。確かにグロテスクな描写はあるけれど、絵の丁寧さや分かりやすさには尊敬の念を禁じ得ない。私は多分、こんな感じの絵柄が好きなんだと思う。だから、断じてメローネみたいに変な理由で読んでいる訳じゃない。断じて。
「えー、まだ読み終わってない」
「仕事が終わったらまた見せてやるから」
「えーでもぉー。どうしようかなぁー、返してあげようかなぁー」
「……、いい加減にしないと犯すよ」
「はいすみません返します今すぐに」
メローネっていつも飄々としているから、たまには困らせてやろうかと思ったのだけれどやっぱり逆らえる気がしない(メローネなら本気でやりかねないかもしれないし)。
私はつまらないだのドケチだの変態だのとぶつぶつ文句を言ったけど、メローネは軽く「はいはい」と受け流してそのうち私の声も聞こえないほど教育に熱中し始めてしまった。
私は最早冷めきってしまったトスカーナのサラミのピザを飲み込みながら、真剣そのものなメローネの顔をずっと見つめていた。
メローネだって真面目にしてれば普通のイケメンなお兄さんなのに。
「…変態具合が残念だ」
「誰の何が残念だって?」
小さく呟いたはずなのに返答が返ってきてびっくりして顔をあげると、メローネがベイビィの親機を音もなく解除するところだった。
私は一瞬ドキリと高鳴った心臓のあたりを抑えながら、ふぅと息を吐き出す。
「びっくりした。仕事は終わったんだ」
「ばっちり。あとは報告書仕上げれば上がり」
そう言うとメローネは静かに席を立ち、代金を支払うカウンターへと歩き始めた。
私は慌てて一切れだけ残っていたピザを口に押し込み、急いでメローネの後を追う。
まだ口をもぐもぐと動かしながら追いついた私を振り返ってメローネが呆れたような顔で「、マナー悪い」と眉をしかめた。
メローネにマナーのことを語って欲しくないと思ったのは、多分私だけじゃないと思う。
外に出ると、地中海の向こう側に夕日がゆっくりと沈んでいくのが見えた。市場はまだ観光客や商人でそれなりの賑わいを見せている。
私は伸びをすると、メローネの横に並んで歩きながら、彼の脇に抱えられた本を見つめて口を開いた。
「メローネ、早く本貸してよ。約束でしょう?早くしないと駐輪場に着いちゃう」
「は?まさか歩き読みする気?危ねえって」
「大丈夫よ。それより続きが気になるから、早く」
「よっぽど気に入ったんだな、この本」
メローネはしぶしぶ本を私に差し出してくれた。空はもう薄暗くて、わずかな夕日の光と街灯だけが頼りだったけれど、私は構わずに絵本を読み進める。
メローネは「転ぶなよ」とだけ呟いて、それからズボンのポケットをまさぐってバイクのキーを取り出した。
Rasiel〜知性〜
(そんなに気に入ったんなら、今度にも一冊作ってやろうか)(えっ!?じゃあこれメローネのお手製なの…!?)
(090105)
あとがき:素敵企画The Number Of The Beast様に提出させて頂きました。
あの本はメローネのお手製だったら良いな…!と言う妄想を込めて!色々すみません!
楽しんで書かせて頂きました。どうも有難う御座いました!