「やあ
」
ドアを開けるとメローネが立っていた。
これお土産、そう言って右手に抱えていたでかい紙袋を押し付けてくる。
差し出すではなくまさに押し付ける、だ。
「やあメローネ、じゃね」
お土産だけちゃっかり貰ってドアを閉めようとしたら阻止された。
ガツ、と滑り込むブーツ。
力を込めてドアを押すがメローネが足を引く気配もなく無意味な攻防が続いた。
「あんた悪徳セールスマンか」
「そっちこそ尋ねてきた同僚にする態度じゃないぜ、なあギアッチョ」
「ギアッチョ?」
メローネが通路を振り返ったので私も一歩踏み出した。
背の高いメローネの顎の下あたりから覗き見ると不機嫌そうな顔をしたギアッチョが立っている。
ついドアを開けるとメローネが反射的に片眉を上げた。
「オレはダメでギアッチョはいいのか、その基準を是非教えてくれ」
「だってメローネ変態じゃん、部屋で二人とか無いでしょ孕まされるでしょ」
「確かにアンタならいい母体になりそうだ」
「あ、ギアッチョ入る?部屋汚いけど」
メローネのことは完全無視してギアッチョを招き入れた。
ギアッチョは「おう」と言って巻いていたマフラーをはずす。
確か白ワインが何本かあったはず、なんて考えながらメローネも呼んだ。
Uriel 〜厳格〜
の家に来るのはこれで三度目だ。
最初は確かイルーゾォとペッシとオレと
の四人(今思えば奇妙なメンツだ)で飲みに行って、
明け方になっても帰らずにちょうど近くだった
の家で飲み直すことになった時だ。
二度目はプロシュートと一緒の時で、プロシュートが
に借りた円盤レコードを返しに行くのにたまたま
一緒にいたオレも便乗した。その日も結局翌朝まで飲み明かした。
で、今日だ。
任務の下調べでこの近くまで来ていて、帰る寸前にメローネの野郎が
の家に遊びに行こうと言い出した。
多分アイツも来たことがあるんだろう。
だが
の口ぶりだと二人きりになったことはなさそうだ。
メローネはラグの上に座り、オレはオリーブ色の二人掛け用ソファに腰掛けた。
プラズマテレビから昼のニュースが流れている。
「はい、おまたせー」
がテーブルの上にどかりと置いたのはワインとグラスだった。
「冷やしてないけどコレ常温でもいけると思うから」
「ワイン?やっぱりつまみになるものを土産にすりゃあ良かったな」
メローネがそう言って俺をちら見する。
そんな火に油を注ぐようなことは絶対にダメだ。
だがやっぱりこの展開か、と内心落胆した。
は酒豪だ。
そりゃあもう凄い。
今日はまだ陽が高いし大丈夫だろうと考えていたが甘かった。
このメンバーならまず間違いなくオレが最初につぶされる。
二人はすっかり宴会ムードになっている。
このままいつものようにただれた時間を過ごすのは冗談じゃねえ。
オレはメガネのフレームを一度持ち上げて
を睨み付けた。
***
「どうしたのギアッチョ、飲んでないじゃん」
「ギアッチョも飲めって、つぶれたらメガネに落書きしといてやるぜ」
「こっち来んな変態!オレはオレのペースで飲んでんだッ!」
からかうメローネにギアッチョがキレて怒鳴る。
微笑ましい光景だ。
お土産で貰ったペンネ五キロ(せめてすぐ食えるものを持ってこい)を棚に収めて冷蔵庫を開ける。
いつかの残りのチーズとクラッカーがあったのでそれを皿に乗せて出した。
ちなみに私の部屋は汚い。
さっきまで雑誌やらゴミやら服やらが散乱していた。
耐え兼ねたギアッチョが雑誌を集めて部屋の端に重ねてくれた。
洗濯物を取り込んでたたむのが面倒で放置してある衣服も一箇所にまとめたので山になった。
その中からキャミソールを掴んでメローネがこれ脱いだヤツ?と訊いてきた。
やっぱアイツ変態だ。
でもその山の向こうに投げてあるシャツは多分脱いだヤツだ。
時々混ざってもう一度洗うはめになったりするから困る。
「
、これカビ生えてないか?」
チーズを一欠けら摘んだメローネが心外なことを言う。
「バカね、それアオカビでしょ?ブルーチーズじゃない」
「いや、コレどう見てもカッテージチーズじゃないか?しかも緑色のカビだし」
「そうなの?ねえギアッチョこれどう思う?」
私が振り返った時に腕が当たって空になったワインボトルがごろごろと転がった。
いつ飲んだかわからないようなヤツも含まれている。
転がってきたボトルをメローネが笑いながら蹴り返し、そのうち一本がギアッチョの足を直撃した。
ギアッチョは俯いて肩を振るわせている。よく見ると目の辺りが痙攣していた。
「大丈夫ギアッチョ?」
「ギアッチョ、もう酔っ払ったのか?」
「・・・テメーらちょっとそこに正座しろ」
「え?なんて?」
「いいから正座しろっつってんだクソがァアア!!!」
突然大声で怒鳴って立ち上がるギアッチョに驚いて後ずさった。
メローネはけらけらと笑っていたがすぐに胸倉を掴まれて両手を上げた。
「・・・ちょっとギアッチョ、キレるのも可愛いけどあんま本気だとアレだよ?」
「そうだぜギアッチョ、せっかく楽しく飲んでるんじゃないか」
「オメーは腐ったチーズでも食って楽しんでろッ!」
ビシ!とチーズを指差してメローネを睨む。
次にゆらりと私の方の向いた。
メガネに亀裂が入りそうなほど怒っている模様だ。
「
」
名前を呼ばれて肩がびくっと揺れる。
「な、なあに?」
「オメーそれでも女か?あァ!?足の踏み場もねえ、雑誌も買うならちったあ整理しろ!その瓶だってそうだッ!」
「は、はい!」
「腐ったものは平気で出す、テレビの上にゃあ綿ぼこり、だいたいソーヴィニヨンは冷やして飲むヤツだッ!」
ここでもし私片付けられない症候群なのとか言ったら殴られそうだ。
なので黙っておくことにした。
ギアッチョは一気に言い切ってハァハァと呼吸を整えている。
次に、ハッとして顔から怒りが抜け落ちた。
「・・・・・?」
「・・・・・・・・・オレ、帰るわ」
ギアッチョは床に置いていたコートとマフラーを取って立ち上がる。
そのまま振り返らずに玄関を飛び出した。
***
・・・やっちまった。
だが間違っちゃいねえ。
オレはああいった自堕落なヤツは許せねえ。
の私生活をはじめて見たときはドン引きした。
任務を完璧にこなす彼女からは到底想像できない怠惰っぷり。
ショックを受けつつも最初は突然押しかけたからと自分に言い訳をした。
だが次はプロシュートが事前に約束をしていた。
プロシュートは汚ねえなと
に言うものの慣れているのか楽しく飲んでいた。
いや、オレだって、そうだ。
相手が
以外ならどんな汚部屋だろうが知ったこっちゃねえ。
「あー・・・クソッいらつくぜ」
エレベータを降りた頃に握ったままだったマフラーを巻きなおした。
至近距離で埃が舞う。
よく見るとコートも薄っすらと綿ぼこリがついていた。
「いつか病気になんだろ、あんな生活してっと」
「・・・待ちな、さーい・・」
エントランスまで歩いた所で後ろから声が聴こえた。
見ると
がよたよたと今にも倒れそうになって追いかけて来る。
このアパートにはエレベータは一つしかない。
階段を降りてきたのか。
べちゃ、とフロアに倒れる。
慌てて走り寄ってから
の肩を掴んで身体を起こした。
「荒んだ生活してっから体力もねーんだろうがよ」
「違う、わよ、ハァ、私、ハァ、もともと、頭脳派、ハァ、だもん」
暫く過呼吸を繰り返したのちに
が膝を立てて起き上がる。
オレもつられて立ち上がった。
じっと見下ろしていると
が深呼吸をした後に口を開く。
「ギアッチョが掃除しに来てよ、私家事とか全然ダメなんだもん」
「・・・あァ・・?」
「この意味わかんないかなあ」
そう言って
が爪先立ちをする。
ふいに頬に唇が触れて俺はバカみたいに固まった。
照れたふうに笑う顔がやけに可愛くて、怒りは大気圏まで吹っ飛ぶ。
「・・・・オイ、それっ、つまり、」
「これからよろしくね、ギアッチョ」
カアッと顔が熱くなった。
てのひらで口元を覆って数歩後退すると今度は後ろから靴音が聴こえた。
「良かったなギアッチョ」
メローネがすぐ傍まで来て小声で耳打ちする。
「これで毎日でも
の家に行けるな」
「・・・あ?ああ、そうだ、な」
「好きだったんだろ?分り易いからなギアッチョは」
普段ならブチ殴ってやるところだが今は動揺してそれ所じゃない。
にやけてないかと心配になってわざと難しい顔をした。
「ディ・モールトめでたいなあ、ギアッチョと
がくっついた記念に飲もうぜ」
「で、でけー声で言うんじゃねえックソがッ!」
「え?誰と誰がくっついたって?」
はきょとんとして尋ねてくる。
オレとメローネは思わず顔を見合わせて、また
を見た。
「これから毎日掃除に来てくれるんでしょう?ギアッチョ。私掃除ほんと嫌いでさー」
「・・・もしかしてアンタただの掃除屋扱いじゃあないのか?」
メローネがぽそりと恐ろしいことを言う。
だったらさっきのありゃなんだ!?
なんかしたよな!?挨拶か!?
「嬉しいなあ、これから毎日綺麗な部屋に住めるなんて」
は満面の笑みだった。
それとこれとは話が別よ、ダーリン
「なあ
、今のはさすがに酷くないか?」
「なにが?」
「ギアッチョ、クソクソッって連発して走り去ったぜ」
「大丈夫、絶対また来るから。私さあ、結婚するならギアッチョがいいなあ」
(女って残酷だよな・・)
2008.11.28 「The Number Of The Beast 」様へ寄稿!(background by
COQU118)(title by Agla)
素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございました^^