すっきり快眠という訳にはいかなかった。空もどんよりと曇っている。
どんなに間違っても爽やかな朝ではない。隣にはが酷い姿で眠っていた。
それを見てぼんやりと思い出す昨日の記憶。おぼろげでありながらも、少しずつ思い出していくうちに自己嫌悪に陥る。
なぜなら俺はに、随分酷いことをしてしまったから。
レイプまがいのセックス。それ以外に言いようも弁解も何一つない。そんなことをするはめになった言い訳をするのなら、仕事がうまくいかなくて、むしゃくしゃしていたから。
仕事のストレスを他人に、よりによってにぶつけるだなんて大人げない。今さらになって後悔しても、もう遅い。
 生まれてくる『息子』にはやはり優劣がある。母親と対象の相性でありがたいほどとびきりいい息子が生まれることがあるが、逆に言えばやっぱり出来の悪い息子も生まれる時もあるのだ。
それは単に『運』と『相性』の問題なのだと、俺は思っているしわかっているつもりだった。そう。『つもり』。
最近はうまくいかないことが続いた。できそこないの『息子』たち。俺みたい。
随分とチームの足を引っぱっていた気がする。気遣いのつもりか誰にも口にこそ出さなかったが、きっと実際そうだったんだろう。
そしてその分、見えないプレッシャーが俺に細い針をちくちくと刺すように襲いかかってきた。一本だけならば我慢できても、数が大きければ我慢できる訳がない。
いくら仕方がないと口にしていても、気にしないふりをきめていつものようにひょうひょうとしていても、だんだんと溜まっていくストレス。
うまく吐き出されずにみるみるうちに膨らんで行く。それがさらに大きくなって、俺にまとわりついてさらなる連鎖を生み出す。たくさんの爆弾を抱えたような。
それが昨日、ついに爆発してしまった。針が突き刺さり、破裂したのだ。を全てのはけ口にするという形で。あー……嫌だ嫌だ嫌だ。思い出したくない。
服をぼろぼろに破いて、殴り、ひっかいた。あちこちを絞めたような後もある。全部俺がやったんだ。知っているし、わかってるけど、フラッシュバックする光景たちがいくらそれを厭っても、意地悪するかのように俺を苛む。
もしかしたら俺たちは、俺はもう終わりかもしれない。こんなことをしてしまっては取り返しがつかない。
後の祭り、という言葉がせせら笑うかのようにぐるぐるとまわる。うるさいうるさいうるさい。
 とりあえずには何か着替えが必要だ。このままじゃかわいそうだし、俺もいい気分とは言えない。クローゼットに行けばそれなりにあるのだろうが、そこまで行く気力がなかった。回りの無事な服は俺のものしか見当たらないけれど仕方がない。破れた服よりもサイズがあわないとはいえちゃんとした服の方がまだマシだ。
何事もなかったかのようにいつものような寝顔で眠りこけるをみて、余計に後悔がつのる。ああ、俺はバカなことしてしまったと。
すうっと頬を撫でると、くすぐったいのかが少し唸った。
が起きないようにそっと服を着せた。無惨にもひきちぎられた服はが気に入っていたものだった。買った日に、ファッションショー気取りで着飾ってポーズを決めた姿を俺に見せてくれたのをよく覚えていた。
着替えさせ終わった瞬間、が目を開いた。俺は何か言われるか、もしくはされるような気がしてとっさに身構えてしまった。
だって俺は、を。
「おはよう……腹減った、あ〜……ご飯食べる?」
 起き抜けの力の入っていない眠そうな掠れた声に、どこを見ているのかわからないぼやっとした目線。……いや、きっと俺を見ているつもりなんだろうな。
あくびを一つした後に背筋をよくわからない声を出しながら猫みたいにぴーんと伸ばした。
昨日、まるで何にもなかったかのように。自然すぎて、俺には不自然にも見えた。
 にも関わらず俺は何だか拍子抜けして、固まってしまった。はそんな俺を不思議そうにみて、首を傾げる。
変わらない。変わっていない。は何にも、変わっていない。
何で、と聞きたい所だが、本人が話題に出さないのにわざわざ蒸し返すのはいかがなものかと思う。
 普通におはようとでも返すべきかどうか、とにかくどんな返事をしようかと考えていたら、は起き上がってシャワー借りるね、と言って自分から聞いておいたくせに結局俺の返事を聞かずにベッドから早々に抜け出してしまった。
慌てて俺はその後を追いかけて、の名を呼ぶ。
「汗かいてんだけどなあ……お腹すいてるんならすぐに作る、よ?」
「そうじゃなくて、
「ああ、メローネもシャワー浴びたい? 別に今日は何にもないし急がないから先に入っちゃっていいけどー……」
「昨日の、こと」
 の動きが止まったのを、俺が見抜けないはずがない。やっぱり。気になってるんじゃあないか。
そりゃそうだろう。恋人にあれだけされればトラウマの一つや二つ。
廊下を数歩静かに歩いては立ち止まった。俺は背後にぴったりとくっつき、抱きすくめ、の内股に手を伸ばす(が体を震わせたが、気にしない)。
俺の手を伝ってどろりとした液体がフローリングの床に落ちる。どうやら昨日の俺はゴムをつけようだとかそんな考えはなかったらしい。
が静かに、俺の名前を呼んだ。
「何で、平気なフリをしてるんだ?」
「……そ、れ、……は」
「それは? なんだかんだいってよかったから? 今も濡れてるもんなあ……」
 指を一本だけ、いれた。かき混ぜるようにぐるぐると回す。ぼとりぼとりと重力に従って落ちて行く俺のアレ。
が声をこらえきれなくなって言葉にならない言葉をもらし、俺にすがりつく。
顎の下の頭はいやいやとでもいうように横に揺れていた。言葉はすすり泣きに変わっている。
俺は指を引き抜き、何とも言えない味(どっちかっていうとまずい。何せ俺のが混じっているから)の指を舐め、をぐるりと反転させた。
静かに涙を流している。俺はこれに弱い。ぎゃんぎゃん泣かれるより、こうやって静かに泣くという行為は俺に罪悪感を持たせるから。
「俺のこと、嫌いになった?」
 肩に手を置くと、やはりはやはり警戒しているのか少し後ずさる。俺の質問に対して、はイエスともノーとも言わないし、何のリアクションもない。
はやく、という意味もこめて肩を少し握った。
「やだ、メローネ、やめて……」
「もう俺たちは終わるべきだな。怖かったんだろう? 平気なんてウソまでついてどうしたかった?」
「……や……」
 泣いているのを忘れるほどは静かに涙を流し続ける。……とうとう、小さな唇は怖かった、と呟いた。
……俺は、こころのどこかでその言葉を待っていたのかもしれない。終わりを始めるための、キーワード。
ゆっくりと肩においていた手を伸ばす。……行き先は、首。
はウソつきだよ。何で俺に媚びるみたいにこんなことをする訳?」
 人を殺すのなんて雑作もない。俺が今まで何度もやってきたことだ。人を殺して、俺は生きる。誰かの犠牲なしに人は生きていけないのだから。
柔らかいの肌に沈む指は、真綿とまではいえないけどゆるやかにを締め付ける。
の力が抜けて、床に座り込む。べちゃ、とあれの上に汚い音を立てて。
ゆっくりと、細い腕が俺の腕に伸びて止めようとする。無理に決まってるだろ、は非力なんだから。
「……メロ……ネ、こ、……わか、ったけ……ど」
 絞められているくせに飛び出すとぎれとぎれの言葉。けど? けど、何だって言うんだ。
「きらいじゃ、ない……ならない  よ」
 おかしいよ、俺もも。をはけ口にした俺。首を絞めてられているのに笑っている
どうすればいいかわからなくて指を離した。が俺の方に倒れ込んでくる。取り込めなかった酸素を求めて、肩で息をして。
「嫌いじゃない、って」
「っは ぁ、 あ、あ のままだと、……メローネが、壊れちゃいそうな気がしたから」
 怖かったけど。でも、大好きなの。そこは、何があっても変わらないの。とは俺に抱きついた。涙と汗でぐしょぐしょで、だからって何か思うわけじゃあないが。
何だよそれ、変だ。
「……なんて言ったらいいかわからないけど、さあ……ずっと側にいたい、みたいな」
 恥ずかしい、とは呟いていよいよ俺から離れなくなった。
廊下の真ん中で抱き合う二人。あんまりいい光景とは言えないが、そんなこと今は関係ない。
 俺は、こういうことを密かに期待していたのかもしれない。救ってくれる誰か。
……そう、いわば、母性。
抱きつくの温かさは、昔一度だけ感じたことのある母親の温もりに、どこか酷似している。
ずっと俺はそんなのものを求めていたのかもしれない。
俺も、ゆっくりと腕を伸ばしてを抱きしめ返す。今度はもうも震えたりしない。
さっきまでの首を絞めていた手が、今度はを安心させているなんて。おかしいにも程があるし、奇妙だ。
生かすも殺すも自分次第。人っていうのは不思議だ。
「ごめん。酷いことをしてごめん」
 そっと呟いて震える体にキスを落とす。
俺がこんな風に謝ることも、初めてかもしれない。
「たよってくれていいから」
「うん」
「メローネのこと、受け止められる限り受け止めてあげるから」
「うん」
「だから、終わりだなんて言わないで」
「……ああ」
 勢いで言ってしまった言葉なのに、と思ったけど、には随分ショッキングな言葉だったらしい。軽卒すぎたかな、少し。
ごめん、と俺はもう一度謝って、腕にこめる力を強めた。
離れるな、とは言う。何となく口から出た言葉なのに、こんなに本気にして、ああもう、愛しいったらありゃしない。
「終わりもしない。離れもしないよ。
Gabriel 〜母性〜 
 ああ俺の愛しい愛しい天使のような君。










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『The Number Of The Beast』様へ。
楽しい企画に参加させていただいてありがとうございました!


2008/07/14 ヒバ